代表ごあいさつ

毎日の生活に必要不可欠な住まいと設備に関わらせていただき、おかげさまで親子2代にわたり地域密着で半世紀が過ぎました。
地域の事業者として今、何をしなければならないか、何ができるのか、日々問いかけながら仕事をさせていただいております。

近年、ブームのようにオール電化工事のご依頼が多く、大変ありがたい事でございますが、一方その商品の持つ特性が十分に生かされていない事例を目にするようになりました。 また、魅力のある電化システム、太陽光発電システムについて、ほとんどの人がそのメリット・デメリット・導入後の運用について、十分な情報が得られないまま、また業者もその多くを語れていないのが現状です。

事前調査と適切な施工、その機器が性能を十分発揮できる設定と以後の保守をあわせて導入される事を希望します。

当社の規模は小さいですが「誠実・親切・正確」を基本に、以上の事をお伝えしないのは事業者として「罪」であるとの使命感からお知らせをさせていただきました。

「まず勉強、知識不足は損の元」
ぜひ、じっくり比べて確かめて下さい。そのお手伝いをさせていただきます。

ターニングポイント

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ある日水回り設備の修理で、依頼者を訪問した時の事でした。その方は私に住居の不安を切々と訴えてこられたのです。頼りにしてくださる依頼者の相談に乗っていく中で、大きな気づきがありました。

それは、「人は家に対して、様々な思いや夢を抱いている」ということ。それを知った私は、自分の残りの「人生すべてをかけて取り組もう」、と心に誓ったのでした。

これまでの受け身のやり方ではいけない、「自分の納得の行く丁寧な仕事」を行っていこうと考えました。でも一からのスタートではなく、これまでのものづくりの経験や実績はすぐにお客様にお返し出来る形で役に立ちました。

「顔の見えるお付き合いがしたい」
それが、今の形となっています。

忙しいけれど疑問を感じていた日々

当社は昭和28年11月個人経営として開業し、昭和61年1月14日に会社として設立いたしました。

2代目の長男として生まれ育った私は、迷うことなく父の後を継ぎ、はじめは冷めた気持ちで仕事をしていました。これまでの住宅電気設備に加え、企業の下請けとして工業生産装置の制御工事にも乗り出し、取引関連も広がり大変忙しくしていました。

しかし、元請けからの注文を忠実に守り、指定どおりに収める自分のしている仕事の範囲はつかめても、その前後が見えない。また、取引が多岐に渡り、他府県の取引先も多くなり、地域の事業者としての存在意義みたいなものに疑問を感じながらも、日々の業務に追われ月日がながれました。

私のあゆみ

建設業の家に生まれ、おやじの後ろ姿を見ながら、小さい頃から今の仕事を天職と信じ、一生懸命。
ただそれだけが 今の私を支えていると思います。

3歳の頃の写真

小さい頃のなりたい職業は何とダンプカーの運転手。
おもちゃでも何でも乗り物が大好きな子供でした。
乗っているのはダイハツミゼット号。3輪車です。
仕事の車でFUJI DENKI(富士電機)となっています。

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小学3年の頃の写真

とにかくおとなしく素直?で通っていました。

私のあゆみ

25歳の時の写真

何と頭はパンチパーマ。現場主導で物作りが3度の飯よりも好きな頃でした。

私のあゆみ

先代の高橋三男です

建設業の最盛期を生き抜いた人生でした。
お酒が好きでとにかく豪快なおやじでした。

私のあゆみ